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日々の想い

子どもたちへの想いや母の日常をつづります

あの日のこと3(天はみている~あの日のこと1の補足編~)

寒い日だった

私はひとり新幹線に乗り、別居中の主人と子どもたちがいる主人実家へ向かう

お義母さんが出てきた

そして案の定、家にはあげてくれずに、軽自動車に乗せられ近くの大型店舗の駐車場に連れて行かれた

長女がもうすぐ6年生になるという2月だった

私は必死に懇願した

「◯ちゃんがもうすぐ6年生になります それまでに一緒に暮らさせてください 体の変わり目でもあります 傍にいてあげたいんです!」

お義母さんの答えはこうだった

「6年生が何なの!私は10歳の時にお母さんが死んだのよ!体の変わり目のことは息子がちゃんとしてます!なぜじっとして待っていられないの!親戚の別居家族はずっと別居で押しかけても来ませんよ!」

「家族バラバラはもう限界です・・・子どもたちのそばに行かせてください・・・お義母さんだって◯◯さんや△△くんと会えなくなったら寂しくはありませんか?」

「子どもたちはあんたを嫌っているの!私はそんな子どもに嫌われるようなお母さんじゃないから(笑)そんな寂しくて家族が欲しいなら離婚して再婚でもすればいい!!ちゃんとそっちが申し立てをして!」

「私はそんな気はありません・・・」

「今日はもう仕事があるから、早く帰りなさい!駅まで乗せていくから!!」

駅に着くと

「早く!降りて!」

「今日は子どもと合わせてください・・・」

降りようとしない私にイライラし

「降りないと叩くよ!」

・・・・・・

 

母親ならこの気持ちがわかってもらえると思っていた

でも違っていた

 

自分たちの想いや世間体を守り、自分たちに非は全くなく別居に至ったのはすべて私が悪いとういうことを思い知らせるためには、ここまでするのだ!という義家の共通した思いを感じた

でも

私にはできない

泣いて子どもに会いたいと訪ねてきている母親をこんな風に罵倒して追い返すなんてできない

たとえどんなに自分が正当化する理由があろうとも、約20年ほど仲良くしていたお嫁さんに対してこんなに手のひら返すことなんて出来ない

価値観自体がもともと違っていたのか、私のとった行動が彼らの地雷を踏み、逆鱗にふれてしまったのかその両方なのか

 

でも私には出来ないこと

母親と子どもをこんな形で引き裂くなんて私には出来ない

現在連絡を取り合えるようになった長男からの話では

次男、長女の心が多くの理不尽な離婚を強いられた家庭の子どもにあるものと類似しているように感じた

義家は原因に気付いていても気付かないふり

プライドが高いのだろう

でも私は思う

ひとにしたことは必ず自分に帰ってくるのだと

天は見ている